先日、TVで、生物学者の福岡伸一さんと、

ミュージシャンの坂本龍一さんの対談を見ました。

話が深く、アタマがむにゅーっとストレッチされる感じでした。

印象に残ったのは

「言葉は自然の混沌を分けてしまう。

名付けない。名付けると認識の監獄」

という内容でした。

例えば星座だと、

本来は、本当は星と星の間にすごく距離があるし、

地球に光が届くまでに、もう死んでいる星もあるかもしれない。

でも、人間は目に見える部分を「星座」として切り取る。

本来の姿に思いを致さなければ、

切り取ることで、それは無視されてしまう、と。

 

FAP心理学の大嶋信頼さんも、クライアントさんの症状を、

安易に名付けません。

はすごいことだと思います。

病名を名付けることは、治療者には容易でも、

クライアントにとっては、

それが暗示となって悪化する可能性があるからです

大嶋さんはいろいろな仮定を立て、

素人では思いもよらない可能性を引き出し解決します。

それは、「治療してあげる」ではなく、

クライアントさん自身の美しさが引き出されるアプローチだと思います。

 

レッスンに結び付けて考えると、

生徒のことを、

一面を見て決めてしまうことにも、似ているのではないか。

いろんな面がある中の一部だと認識しないと、

決めつけた見方からは、発展は難しいと思います。

うまくいかない時(それは普通なんですが)、

「この子はこういう子なんだ」「私がダメなんだ」

と思ったところで、何の解決にもつながらない。

決めつけず、善悪を判断せず、

ただ願いを持つ時に、アイデアが浮かぶ。

 

私たちはややもすると、

決めつけたり、いい悪いで判断したりしたくなるものですが

(マスコミなんか特にそうですね。

知らぬ間に影響を受けているものです・・・)、

あえて、混沌のまま放っておく。

それは、誰にでもできることなんです。

そして可能性を引き出す方法ではないでしょうか。

人も自分も、安易に善悪で裁かないことが、

結果、解決につながると思います。

 

ちなみに、対談の中では、

「本来の姿(自然)に戻るには自分自身が中に入ってみること

(自身も自然でありノイズであることを思い出すこと)」

とも言っていました。

外の立場からでは、批評や裁きにしかならない。

それでは人は動かない。

本来の姿(自然)の前では、

自分もその一部で、小さい存在だということでしょうね。