ピアノを通して成長を見守っていきませんか?~生きる力を育むために~
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ハート講座 第1回を終えて💕

先日、ハート講座第1回が終わりました。

お母さん自身の時間を持つことが、子育てにも欠かせない大事な視点になるのだということを、ピアノ講師としての体験や様々な理論、ワークを交えながら話しました。

皆さん真剣にご自身に向かい合って下さると同時に、お互いの気づきをシェアできたのではないかと思います。

お互いのヒントになるような、お母さんの場が必要なのではないでしょうか。

比較ではなく、自慢や卑下でもなく、この講座をきっかけに、自分で解決していく手がかりをつかんでいただけたら幸いです。

第2回目は、今月22日(金)10時〜です。テーマは「情報」です。場所は鳥取市のとりぎん文化会館和室会議室です。詳細はお知らせ欄をご覧下さい。ご自身のモノサシを持ちたい方、ぜひどうぞ☺️

 

葉っぱのフレディ

耳を澄ますと、

どんぐりのこぼれ落ちる音が聞こえてきます。

紅葉したもみじが、ゆっくりと舞い降りていきます。

 

その様子を見ていたら、

「葉っぱのフレディ」という絵本を思い出しました。

フレディは仲間と季節を謳歌します。

でも秋になって、みんなが一枚ずつ散っていく。

「どうしてなの?僕もなの?いやだ、こわいよ・・・」

優しく答える声があります。

「こわくなんかないんだよ。自然のことなんだ。

回りまわって僕たちは、また生まれ出るんだ」

 

私の父が亡くなったのも秋でした。

フレディ以上に怯えていました。

これでは死んでも死にきれない。

死を受け入れることについて、一生懸命父に話したのです。

最期は、見たこともない穏やかな顔だったのが本当に救いでした。

 

一生懸命生きないと、自然に風に舞うように、

死んでいくことは難しいと思います。

 

そんな時、偶然聴いたラジオのピアノ曲に、

人生の厳しさ、それでも生の優しさと意思が感じられて、

泣けてしまいました。

シューベルトのソナタD959、マレイ・ペライア演奏。

演奏家の人生が、作曲家の人生に共鳴している。

辛い試練にあって打ちひしがれても、希望を失わない人生。

 

生きるってどういうことだろう?

私たちは何を目的にしているのだろう?お金?

後世に何を残せるのだろう?

 

現代では、死はタブーとされていますが、

死を意識することで初めて、

生きることについて真剣に考えることもまた、

大きな意味を持つのではないでしょうか。

教室を選ぶなら

昨日は、なぜか下書きが消えてしまい、更新できませんでした(;´・ω・)

 

教室選びの話を聞いていると、疑問に思うことがあります。

それは、

効果が上がる方法があるのに、どうしてそれを選択しないのだろう?

目的を考えているのかな?

ということです。

 

例として、

幼稚園、保育園選び、他の教室や私の教室などで

見聞きしたことを書いてみたいと思います。

 

・建物の新しさで選んで、組織の母体・由来を考慮に入れない

・現在の先生と信頼関係があるのに、費用の問題で、

 その先生に内緒で別の先生を探す

・ピアノを習いに来ているのに、楽器を準備する気が全くない

(注 費用の問題ならば、探せば中古などあるかもしれません。

 金額の多寡でもないのです。

 要は、「子どもが頑張るならば、環境を整えるよう親も努力しよう」

 という姿勢が見られないということです)。

・保育士を目指していて、初心者で受験も迫っているのに、レッスン開始を遅らせる

・レッスンを受ける気はあるのに、たびたび時間を守らない

 

目的を考えているのかな?

行動は一致しているのか?

疑問に感じられます。

こういう方たちは概して、

自分の都合を優先し、

できることは協力しようという気が乏しく、

人任せで、責任を転嫁します。

みんなではありませんが、大半がそうなのです。

残念ですが事実です。

 

一生懸命教えたいと思っている側からすると、

これでは、レッスン以前で気が殺がれてしまいます。

お金を払っているんだから何とかしてよ、というのが本音だと思います。

でも、

私の教室の場合では、

技術や知識の切り売りではなく、

音楽を通して人生の糧を得てほしい、

そのためのレッスンなので、

お互いに信頼関係を築こうという姿勢なくしては、

教えることはできないのです。

他の教室でも、一生懸命なところは同じことを言われます。

だから、逆に言うと、熱心に見てもらいたかったら、

誠実に接すること、効果が上がるよう努力することだと思います。

 

ただ、これは一部の考えかもしれません。

お金で割り切るなど、別の考え方もあると思うし、

それはそれでありだと思います。

でも、

相手に一層の熱意を望むなら、こちらも誠意を示す必要がある。

それをしないなら、金額以上のサービスを求めるのは道理に合わない。

ということは理として言えると思います。

 

目的をよく考える。

目的と行動を一致させる。

教室選びには大事なことだと思います。

シャンパンタワーの法則

心理学で言われる、シャンパンタワーの法則。

ハーピストで、心理カウンセラーの松岡みやび先生も

インスタグラムに取り上げています。

 

シャンパングラスをピラミッドのように重ねたら、

一番上は自分の心のグラス。

自分の心のグラスがいっぱいになって、溢れたら、

下のグラスにも注がれていく。

もし、自分のグラスが満たされないのに、

与えようとしても、無理がくるということを表しています。

 

でも、普段はそのことに気付かない。

いいお母さん、いい人を頑張ろうと思っているのに、

なぜか、イライラしてくる。

ちょっとしたことで怒りが爆発してしまう。

自己嫌悪に陥る。

私はその繰り返しでした。

 

そういう時って、実は、無理をしているのかもしれません。

これをすれば自分は幸せ♡

(案外ささやかなことなんです、お金もかかりません。

ぜひ見つけてください!)をしてみると、

いいのではないでしょうか。

それも、やりたい時を、優先してみては。

いつも、人のことが先で、自分を後回しだと、

知らず知らずのうちにストレスが溜まっていきます。

 

ちなみに、私の幸せは

・かわいい布(服、雑貨)を見る

・それを自分や、プレゼントする人のイメージに合わせて夢想する

・緑の中を散歩する

・好きなカフェに出かける

・美味しいものを食べる

・本屋さんに行く

・読書

・元気ならピアノを弾く

・元気が出ないならハープを弾く

・音楽や心の話で人とつながる

・人の心が元気になっていく姿を見る 

などです!(^^)!

 

好きなこと、やりたいことを紙に書き出してみるのも楽しいです

(だからと言ってやらなくちゃと思わないで、

気づきを楽しむのがいいのです)。

心の赴くままに、ふっと浮かんだことを試してみるのもいいです。

「こうあるべき」「いい人でありたい」「時間がない」「お金がない」

など頭の考えを外してみると、

自分でもびっくりするくらい元気がチャージされて、

仕事もはかどります!

頭ではなく、心=ハートの声を聴くと、いいですね♪

 

詳しく知りたい方は、

ブリーフセラピー・カウンセリング・センターの

記事が分かりやすいですよ。お試しあれ!

https://www.brieftherapy-counseling.com/kokoro-2-2521.html

 

 

言葉の裏を見抜くには

最近は、ネットやSNSで簡単に人とつながれるようになりました。

遠くても、時間も気にせず、やり取りできて便利ですね。

でも、難しいこともある。

 

知り合いの美人のエステティシャン。

施術しながら精神的な部分も見抜けるくらい腕のいい人で、

話す言葉もポエジー。

人生の含蓄みたいなことを、ロマンチックな言葉でブログに書いていました。

彼女のファンでした。

ところが、ある日ピアノの生徒の募集を始めて、

遊びのような内容でレッスン料を取っている。

深みのある言葉を言う人が、

こんなに全面に営利を前面に押し出すんだと驚いたのです。

 

美しい言葉と音楽に飛びついたら、

宗教だったということもあります

(XジャパンのTOSHIさんが、洗脳されていたところは、

今もそのようなやり方で信者を募っているそうです)。

 

言葉や音楽が、

そうした目的で利用されるのは悲しいことです。

でも、見分けられるようになるしかない。

 

言葉だけ信じるのは、危険だということですね。

自戒も込め、

言葉より行動で判断すること。

その人は実際には何をしているのか。

今まで何をしてきたのか。

言うことと行動が一致しているのか。

それを見据える目を養いたいものですね。

人の意見に左右されず、

人のせいにせず、

自己責任で判断できるようになりたいものです。

情報の時代だからこそ、大事なことだと思います。

 

トラブルに効く言葉

子どもがちょっとしたケガをすることがあります。

そんな時、夫は「どうしたん!!!」とびっくりするのですが、

私は、心でやめて~(汗)と思いながら、

「ああ、大丈夫、大丈夫!」と言う。

実はこれには、深い理由があるのです。

 

話は変わるようですが、例えば、

自分が好きなお店にウインドーショッピングにでも行こうと思うと、

軽く動けるのに、

子どもに○○買っといてとか、夫に○○しといてとか言われると、

急に体が重くなったりすることはありませんか。

体調悪い時なんか、すごく顕著ですよ。

自分のしたいことはできるのに、頼まれたら急にしたくなくなる。

これは、野口晴哉という整体の元祖の先生が書いていたことで、

本当かな~と思って試してきましたが、本当なんですね。

 

「人間の体は、自主性で動くと、スムーズで、

ケガをしにくいし、病気も早く治る。

逆に、他人の思惑で動いている時は、動きは滞り、

不調は治りにくくなる。

治らない方が構ってもらえると思った場合も、

無意識のうちに、治るのを遅らせようとする。

出血した時も、びっくりすると止まりが遅くなるが、

最初に「大丈夫!」と気を入れると、早く止まる。」

 

このことは、今行っている整体の先生も言われます。

心から治りたいと思う人はさっと治る。

どこかで治らない方がいいと感じている人は、なかなか治らない。

 

だから、

早く治すには、

その人の「よし、大丈夫、治る!」という力を引き出す方がいいのです。

親があまり心配すると、

子どもは「そんなに大変なんだ」と感じて長引いてしまいます。

ちょっとケガや病気になっても、

「大丈夫だよ。体が頑張ってくれているから」など、

安心の声かけをしたほうが早く治ります。

親が動転していたら、

あまり嘘っぽくなるのもおかしいのですが(笑)、

自身を落ち着かせるためにも、

まず「大丈夫!」と言い聞かせてみるといいです。

必要な処置は施しつつ(施してくださいね、笑)、

トラブルを過大視しないで、

やり過ごすという感じでしょうか。

経験上でも、その方が結果がいいと感じています。

 

ケガや病気に限らず、

レッスンで困ったなと思うことがあっても、

「大丈夫!」は流れを変える言葉です。

家庭でも、心配な時は「大丈夫!」の方が使えると思います^^

 

混沌はそのままでいい

先日、TVで、生物学者の福岡伸一さんと、

ミュージシャンの坂本龍一さんの対談を見ました。

話が深く、アタマがむにゅーっとストレッチされる感じでした。

印象に残ったのは

「言葉は自然の混沌を分けてしまう。

名付けない。名付けると認識の監獄」

という内容でした。

例えば星座だと、

本来は、本当は星と星の間にすごく距離があるし、

地球に光が届くまでに、もう死んでいる星もあるかもしれない。

でも、人間は目に見える部分を「星座」として切り取る。

本来の姿に思いを致さなければ、

切り取ることで、それは無視されてしまう、と。

 

FAP心理学の大嶋信頼さんも、クライアントさんの症状を、

安易に名付けません。

はすごいことだと思います。

病名を名付けることは、治療者には容易でも、

クライアントにとっては、

それが暗示となって悪化する可能性があるからです

大嶋さんはいろいろな仮定を立て、

素人では思いもよらない可能性を引き出し解決します。

それは、「治療してあげる」ではなく、

クライアントさん自身の美しさが引き出されるアプローチだと思います。

 

レッスンに結び付けて考えると、

生徒のことを、

一面を見て決めてしまうことにも、似ているのではないか。

いろんな面がある中の一部だと認識しないと、

決めつけた見方からは、発展は難しいと思います。

うまくいかない時(それは普通なんですが)、

「この子はこういう子なんだ」「私がダメなんだ」

と思ったところで、何の解決にもつながらない。

決めつけず、善悪を判断せず、

ただ願いを持つ時に、アイデアが浮かぶ。

 

私たちはややもすると、

決めつけたり、いい悪いで判断したりしたくなるものですが

(マスコミなんか特にそうですね。

知らぬ間に影響を受けているものです・・・)、

あえて、混沌のまま放っておく。

それは、誰にでもできることなんです。

そして可能性を引き出す方法ではないでしょうか。

人も自分も、安易に善悪で裁かないことが、

結果、解決につながると思います。

 

ちなみに、対談の中では、

「本来の姿(自然)に戻るには自分自身が中に入ってみること

(自身も自然でありノイズであることを思い出すこと)」

とも言っていました。

外の立場からでは、批評や裁きにしかならない。

それでは人は動かない。

本来の姿(自然)の前では、

自分もその一部で、小さい存在だということでしょうね。

 

 

暗示を解くには

前回の続きです。

暗示を言葉で解くには、例えば

 

「世間ではこれが正しい」

→「本当かな?そうじゃない正しさもあるかも?

そもそも正しいって何?自分にとっての正しさは?」

 

「これこそが幸せ」

→「本当かな?私にとっての幸せは?人に決められていいもの?」

 

「みんながしているから」

→「みんなって誰のことかな?

みんなのことが本当に気になるのかな?」

 

「あなたのためを思って」

→「気持ちはありがたくても、私の幸せは私が選択する」

 

などが参考になるかもしれません。

 

しかし、言葉以上に

暗示から解放される一番いい方法は、

無意識に働きかけることです。

 

無意識というと、

特別なもののように思うかもしれませんが、

無意識とは、誰もの意識下にあり、大部分を占めているものです。

その無意識と、意識とを結びつけると、

大きなサポートが得られるようになるということなのです。

古代では、

言葉より無意識を活用していたという説もあります。

現代でも、心理学での

意識の優位性は低下しつつあるようです。

 

無意識のサポートを、

一番簡単に実践できるのは、FAP心理学だと思います。

この方法の素晴らしいところは

臨床で著しく効果を上げたというところ。

そして、カウンセラーに頼らなくても、

誰でもできるというところです。

お金もかかりません(笑)!

中でも、

「ブリーフセラピーカウンセリングセンター」のHPが

分かりやすいです。

ホームより、「トラウマとケア」欄をクリック、

カテゴリ「心(無意識)に聞く方法」に

詳細が述べられています。

 

何となく息苦しさを感じているという人には、

大きな手掛かりになると思います。

 

マトリックスはSFか?

この映画をご存知ですか。10年以上前の映画です。

 

主人公の凄腕ハッカー、ネオは、

白昼なのに夢を見ている感覚にとらわれている。

ところが、それは本当のことだったのだ。

現実には、人類はカプセルの中で眠らされ、

夢を見せられているのだった。

現実と思っているものこそ虚構で、

それはコンピューターに仕組まれていたのだった。

ネオは、現実を取り戻すため立ち上がる。

 

という内容。

当時見た時は、映像も変わってるし、なんじゃこりゃ~の世界でした。

 

でも、FAP心理学的に考えると、

あり得る話に思えてくるのです。

当たり前のように認識していることは、

実は虚構で、誰かに作られたものかもしれない。

本当は、そのために苦しさを感じているかもしれない。

本来は、作られた認識とは違う認識があるかもしれない。

もっと個人の興味があり、価値観があり、自由があるのかもしれない。

 

話は変わるようですが、

皆さんはXーJAPANを知ってますか

私はあまり知らなかったのですが、

先日、XーJAPANのToshiさんという人の

インタビュー記事を読みました。

Toshiさんが、

ある宗教に洗脳されて抜け出すまでを、

自戒と、被害者防止のため著書にした、

ということを知りました。

その本に関するインタビューで、

「人って世の中のあらゆるものに影響を受けると思うんです。

だから、どこまでを“洗脳”というのか。

人って、親であったり、人物だったり、国からも

影響を受けるかもしれません。」

とありました。

 

「洗脳」は、決して他人事じゃない。

「価値観を他人に操作されること」と

言い変えてもいいでしょう。

 

¨いい会社に行け、

いい大学に行け、

競争に勝て、

お金をたくさん儲けるために。

安いことがいいことだ、

お金を払う方は偉いのだ¨ 

 

ここまであからさまではないかもしれませんが、

こういうメッセージは身の回りにあふれています。

「こうあるべき→こうあってほしい」という願いでもあり、

ある意味仕方のないことかもしれません。

が、今は

「こうあるべき→そうでないとおかしい」

のような、例外を認めない雰囲気の方が強くなってきています。

人と違うことは表明しにくいと思いませんか。

批判されたらと不安になりませんか。

 

ストレートな批判は分かりやすいのですが、

正論で覆われた批判もあります。こちらがこわいのです。

「世間ではこれが正しい」

「これこそが幸せ」

「みんながしているから」

「あなたのためを思って」etc・・・

 

正論なものだから反論できません。

真面目に受け止めると、

罪悪感をあおられたり、

私はおかしい?間違っている?

と自分の感覚を信じられなくなる。

すると、他者からの評価に一喜一憂するようになる。

苦しくなる。なぜか分からないがイライラする。

 

これは、暗示が入っている証拠だと思います。

暗示から抜け出す方法を、次回に書きたいと思います。

 

自由を妨げる言葉への対処法 VoI 2

前回の続きです。

私たちは今、お金を始め、

あらゆる点でがんじがらめの世界に生きていると思います。

消費が当たり前、

家を買うのは当たり前、

競争社会が当たり前、

偏差値重視が当たり前

(偏差値は高度経済成長期に、

ロボットのように正確な技術、管理を

可能にするために作られたものです。

今の時代にはもうそぐわないと言えます)、

有識者の言うことは当たり前、

とりわけデータがあるとぐらっとくるものです

(有識者もいろんな立場の人がいます。

反対の立場の人もいるわけです。

データは、提示する側の意図に合わせたものが

取り上げられているのです。

逆のデータも、見方によってはあるはずなのです)。

 

そういう世間(身近な他者からも有)の善悪の判断は、

いつの間にか自分の中に深く入り込み、

価値観を拘束し、

1人でいる時でさえその価値観が自分を裁き、

人をも裁き、

だんだん息苦しくなっていくのです。

 

だけど、

正論や理想論は、いつでも誰にでも、

絶対当てはまるものではありません

(FAP心理学参照)。

一人一人、我が子でさえ、

興味も、性格も、体格も、家庭環境も、感じ方も全部違う。

みんな違うのが前提なんだから、

その人にとっての真実は違う。

こうあるべきという価値観は一度疑ってみたらよい。

命に関わること以外

「これが絶対正しい」なんてことは、本来ないもの。

もっと、その人のあるがままの思い、感情、興味を

大事にしたらいいと思う

正論は、思い込ませておくと便利だから、

誰かが生み出したものかもしれません。

大人も子どもも、

「できない」「ムリ」「どうせ」なんて言う前に、

本当かな?

本当は私、何がしたいのかな?

心に問いかけてみたらいい。

 

世間一般の価値観や善悪で人や自分を裁かないことは、

これからの時代に必要な、

もう一つの大きな価値観だと思います。

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